なぜ4月は「始まり」なのか? - 明治の知恵と、江戸の春待ち心
- tomonoworks3
- 3月24日
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こんにちは、TOMONO Works です。日ごとに暖かくなり、桜のつぼみもふっくらと膨らんできました。
この季節になると、学生でなくても「さあ、新しいことを始めよう」と、どこか背筋が伸びるような心地よい緊張感を感じるものです。
でも、ふと不思議に思ったことはありませんか?
「1月にお正月を迎えて新年が始まっているのに、なぜ4月が『新学期』や『新年度』のスタートになったのだろう?」と。
実はそこには、意外な歴史の裏側と、日本人が古来より抱き続けてきた「春への切実な想い」が隠されていました。
始まりの理由は「お米」だった?
今でこそ当たり前の「4月始まり」ですが、実はこれが定着したのは明治時代のこと。意外にも、そのきっかけは「国の会計(お金の計算)」にありました。
当時の日本は農業が中心。政府の税収の柱は「年貢(お米)」でした。
農家の人々が秋に収穫したお米を売り、現金にして納税する。そして国がそのお金を確認し、新しい年の予算を組み立てる……。その準備が整い、スムーズに翌年の活動をスタートできるタイミングが、ちょうど「4月」だったのです。
この国のスケジュールに合わせて、軍隊や学校も次々と4月スタートへと変わっていきました。もし当時の主要な作物が別の時期に収穫されていたら、私たちの「新学期」は今とは違う季節になっていたかもしれません。
江戸の人々が待ち焦がれた「本当の春」
明治になって制度としての「4月」が決まるずっと前から、日本人は春を特別な季節として愛してきました。
特に江戸時代の人々にとって、春を待つ気持ちは現代の私たち以上に切実だったようです。というのも、当時はもちろんエアコンもストーブもありません。暖をとる手段といえば、火鉢や炬燵(こたつ)で炭を熾すくらい。木造の家屋に吹き込む冬の冷気は、想像以上に厳しかったことでしょう。
長い冬の間、かじかむ手で仕事をこなし、じっと寒さに耐えて過ごす日々。
だからこそ、梅が咲き、風が緩み、桜の花が景色を彩る「春」の訪れは、単なる季節の移ろい以上の解放感をもたらしてくれたに違いありません。
「ようやく、表に出て活動できる!」
そんな江戸の人々の弾むような喜びが、今の私たちが春に感じる「ワクワク感」のルーツにあるような気がしてなりません。
制度よりも、情緒に導かれて
4月が始まりになったのは、もしかしたら「お金の計算」という事務的な理由だったかもしれません。
けれど、それがこれほどまでに私たちの心に深く根付いているのは、日本人がずっと大切にしてきた「春を待ちわびる心」と、見事に重なり合ったからではないでしょうか。
厳しい冬を越えて、新しい命が芽吹く季節。
制度に急かされるのではなく、春の光に背中を押されるように。
あなたも、この春から新しい「一歩」を軽やかに踏み出してみませんか?





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