「歩く」から気づいた、物事の多面性
- tomonoworks3
- 7月7日
- 読了時間: 3分
こんにちは、TOMONO Worksです。
突然ですが、みなさんは毎日何気なくしている「歩く」という動作、意識したことはありますか?
実は最近、この「歩く」という一つのアクションをとっても、人によって見ている視点や意識が全然違うんだな、という面白い気づきがありました。
ちょっと自分のことを振り返ってみると、小さな子どもが「歩けた!」という瞬間って、筋肉の動かし方なんてこれっぽっちも意識していないですよね。ただ純粋に、一歩が出たことが嬉しくて歩いているはずです。
でも、大人になるにつれて環境が変わり、スポーツを始めたりすると、ちょっと変化が生まれます。「お尻の筋肉を意識して歩こう」「足の裏のどこに体重を乗せるか」なんて、だんだんと「歩く」という一つの動作の中に、学びや成長、それぞれの目的が組み込まれていく気がします。
街を見渡してみても、
移動のために、ただなんとなくトコトコ歩いている人
トレーニング要素を入れて、お尻や体幹を意識してガシガシ歩いている人
モデルさんのように、背筋をピシッと伸ばすことを意識している人
…などなど、同じ「歩く」なのに、驚くほどたくさんのスタイルがあります。
これって、メンタルの世界でも同じかも?!
この「最初は無意識だけど、あとから見方が変わっていく」という現象、実は私たちの「心(捉え方)」にも全く同じことが言えるんじゃないかな、と思い始めました。
たとえば、何か大切なものを紛失してしまったとき。
最初の瞬間(ファーストインプレッション)は、誰だって「うわ、最悪だ…!」とショックを受けますよね。これはある意味、人間が本能的に持っている「先天的な反応」に近いかもしれません。
でも、そのあとの「捉え方の第2ステップ」で、驚くほど人それぞれの個性や、これまでの経験(後天的な学び)が出てくるように感じます。
Aさん:「大ショックだけど、自分の不注意が原因だな。次から気をつけよう!」と、学びや対策に変える人。
Bさん:「なんて自分は不幸なんだ、運が悪いんだ…」と、絶望のループに入ってしまう人。
同じ「物をなくした」というひとつの出来事なのに、その人がこれまでどんな経験をして、何を学んできたかによって、その後の景色は180度変わっていきます。
フィジカルもメンタルも、多面性があるから面白い!
こうして考えてみると、私たちの体(フィジカル)も心(メンタル)も、ひとつの側面だけじゃなく、本当にたくさんの「多面性」にあふれていますよね。
生まれたときはシンプルだったものが、成長のプロセスでいろんな視点や選択肢を学んで、自分なりの「味方」や「やり方」にアレンジされていく。それを自分自身で読み解いたり、新しく学んだりすることって、すごくワクワクするし、面白いなと感じる今日この頃です。
みなさんは今日、どんな視点で「歩いて」、どんな視点で「出来事」に出会いましたか?





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