ニュートンのリンゴと、私の余白。
こんにちは、TOMONO Works です。
実は昨日、一度ブログを書き上げたのですが、どうしても「しっくりこない」自分がいました。伝えたいことはあるけれど、言葉が上滑りしているような、そんな感覚です。
以前の私なら、無理にでも言葉を紡いで形にしていたかもしれません。でも、今回はあえて「立ち止まること」を選んでみました。
ニュートンが手にした「驚異の年」
そんな時、ふと思い出したのが、物理学者アイザック・ニュートンのエピソードです。
誰もが知る「万有引力」の発見。実はあれ、彼が大学で猛烈に研究に没頭していた時に生まれたものではないそうです。当時、ペストという感染症の流行によって大学が閉鎖され、彼は故郷に帰って「強制的な休暇」を余儀なくされました。
研究から切り離され、実家の庭でぼんやりとリンゴが落ちるのを眺めていた、そんな「空白の時間」にこそ、世紀の大発見が重なったといいます。後にこの時期は「驚異の年(奇跡の年)」と呼ばれています。
もし彼が「研究を止めちゃいけない」と焦り続けていたら、あのリンゴの落ちる音に、宇宙の真理を聞き取ることはできなかったのかもしれません。
立ち止まることは、後退ではない
気分が乗らない、筆が進まない。
それは、心が「今は立ち止まって、何かを感じる時間だよ」と教えてくれているサインなのだと思います。
流れに逆らって必死にバタバタと泳ぐのをやめて、ぷかぷかとその場に浮いてみる。
一見すると、どこにも進んでいない「後退」のように思えるかもしれません。でも、実はその静かな時間こそが、次に大きく進むための「大切な余白」になるのではないでしょうか。
その場に身を任せて流されてみることで、必死に泳いでいた時には見えなかった空の青さや、水の冷たさ、あるいは自分の中にあった小さな芽生えに、初めて気づくことができるのだと感じます。
今という「余白」を味わう
TOMONO Worksとしても、無理に形を作るのではなく、この「しっくりこない」という感覚さえも大切に、今はただその場に立ってみようと思います。
立ち止まって、じっと深呼吸をする。
その「余白」の中に、次に私たちが育てるべき「根っこ」のヒントが隠されている気がしてなりません。
皆さんも、もし「今は頑張れないな」と感じる日があったら、それはあなたにとっての「驚異の年」の始まりかもしれません。
今日は無理をせず、リンゴが落ちるのを眺めるような気持ちで、ゆったりと過ごしてみませんか。





コメント